FAZER LOGIN「おえ本田、もうすぐやさかいにな、左に寄っとけ。ほんでちょっとスピード落とせ。そろそろやで……おえ本田っ! 聞こえへんのか! スピード落とせっちゅうとるんや! 左に寄れっちゅうとるんや!」
「本田」
藤原が本田の顔を覗き込むと、本田は唇を異様に歪ませながら笑っていた。
「うひっ……うひひひひっ」
「おい健、あかんわ。こいつ、完全に頭飛んどる」
「な、何やと……」
「うひひひっ……だ、誰にも負けへんで……ぼ、僕が一番速いんや……」
東三国の標識が見えてきた。
しかし本田は車線を変える事なく、そのままアクセルを踏み倒す。
あっと言う間に東三国を通過した。
「あ、あかん、キレとる……おい健、こんまま行ったら梅田まで行ってまうぞ」
「んなアホな……」
健太郎が頭を抱えた。
「こんなん、頭吹っ飛ばしたらしまいやんか」
言うか言わないか、直美がSIGを本田の頭に向けた。
健太郎が慌ててそれを止める。
「何すんのよ健太郎、こうでもせんかったらこいつ、止まらへんやろ」
「いやいや直美ちゃん、それは最後の手段にさせてくれ」
「ほんだらどないすんのよ」
「おえ藤原、本田の頭、本気でどついたれ」
「よっしゃ!」
藤原が一切加減なしで、本田の後頭部を殴った。
「がっ……」
その衝撃は、本田の意識を一瞬で飛ばした。
しかし右足だけはしっかりとアクセルを踏んでいる。
そこに続けて健太郎が腹にエルボーをぶちかます。
「ごっ……」
飛んだはずの意識が、腹への衝撃で戻ってきた。
口から今朝の朝食が勢いよく吐き出される。
しかしまだ車のスピードは緩まない。
「直美ちゃん、今や」
「よっしゃ!」
背後から直美のチョークスリーパーがきまった。
「ごげげげ……」
本田が舌を突き出したまま痙攣し、そのまま失神した。
「ほいっ」
直美が首を抱えたまま、本田を後部座席に投げ飛ばす。
そして素早く運転席に飛び移った。
「スピンターン決めるでっ!」
「おおっ!」
「頼むでっ!」
と、その時だった。
直美の目の前にガードレールが現れた。
直美がブレーキを踏み倒す。
ロックしたタイヤが白煙をあげる。
「あかんっ! みんな、気合入れてしがみつきっ!」
車はそのまま、ガードレールに激突した。
* * *
「……あかんわ、全然動けへん」
直美が何度もキーを回すが、エンジンは全く反応しなくなっていた。
「……ったく、このアホのせいでえらい大回りになってしもたで。おかげで俺の計画ぶち壊しや。こんなんやったら初めから阪神高速〈はんこう〉使った方が早かったやないか。ジープもおしゃかにしよってからに」
「ごめん……」
「まあええやんか、とりあえずみんな無事で何よりや。よし、必要なもん持って戻ろうや、東三国まで」
坂口が間に入ってそう言った。
「そうですね……っておえっ! 何やあれっ!」
健太郎が東三国の方角を指差して言った。
「あ……」
すぐそこにまで、先ほどの白い靄が来ていた。
「……」
健太郎がゆっくりと靄に向かっていく。
ゴンッ!
「お、おおっ……」
健太郎の額に何かがぶつかった。
驚いて靄に手を上げて叩くと、カンカンと音がした。
「何か分からんけど……向こうには戻られへんようやで」
「う~ん、なんかうまいこと敵の術中にはまっていっとるなぁ……しゃあない、新御堂筋〈しんみ〉使うんは諦めようか」
「私はその方がよかったけどね。市街戦やなんて、かっこええやないの」
「腐っててもしゃあない。健、いくぞ」
藤原が健太郎の肩を叩いた。
「……よっしゃ、ほんだら降りるか!」
それぞれの武器を持った5人が、非常用の階段を下っていく。
ショットガンを持つ健太郎を先頭に、ゆっくりと降りていく。
「おえ……気ぃつけよ……気配がやたらとするぞ……」
健太郎が小声でそう言った。
汗が額から頬へと伝う。
舌を唇に這わせ、一歩一歩確かめるように歩いていく。
その時直美が、健太郎の肩を荒々しく掴んだ。
「変態親父、私と代われ。何ちんたら歩いてんねん。そんなにびびっとるんやったら車で寝とけ。私が先に行く。どの程度のやつらか知っときたいしね。銃は……いらんか、まずは肉弾戦で」
「頼もしいのぉ直美ちゃんは」
そう言ってしゃがみ込んだ健太郎が、直美の足をさする。
その瞬間、健太郎の額にSIGの銃口が押し付けられた。
「……おい変態脂肪。石像よりも先に死にたいか……ここでぶっぱなしてあんたが死んでも、誰にも分からへんのやからな。やめるか死ぬか、はよ選び」
直美の人差し指がトリガーに行く。
「じょ、冗談やがな……」
健太郎が汗びっしょりになりながら、ゆっくりと手を上げた。
ふんっ、と鼻で笑いSIGをホルスターに戻した直美が、大股で歩いていく。
降りきった所で直美の前に、一体の石像人間が現れた。
「これが……石像っちゅうやつか」
健太郎が声を漏らした。
「出たな化け物っ……!」
間髪入れず、直美が右エルボーを頬に叩きつける。
そしてバランスを崩した石像に、メリケンサックを装着した拳で顔面に連打した。
顔が見る見る崩れていく。
素早くしゃがみ込んだ直見が足を払う。
「うおおおおおおおっ!」
石像に馬乗りになり、腹に拳を数十発ぶちかますと、やがて粉々に砕けた石像の動きが止まった。
「ふうっ……」
直美が帽子を脱ぎ、額の汗を拭った。
「流石に、こんだけ粉々になったら再生するとしてもええ時間かかるやろ。中々ええ手応えやったわ。これやったら……そうやね、4・5体ぐらいやったらまとめてでもやれそうやわ。うん、大丈夫。ほんなら行くよ!」
直美が目を爛々と輝かせ、市街に入っていく。
「おい健……」
「なんや」
「お前が戦力にしたいっちゅうた理由、よぉ分かったわ」
「そやろ、それも素手やで。しかもあないに喜々として」
「……僕、やっぱり怖い……」
坂口は粉々になった残骸に向け、何やらしていた。
「坂口さん、何してはりますん?」
「ん? ああ、復活せんようにな、聖水かけとるんや」
「……」
「は、はあ……」
* * *
再び石像が現れた。
直美が戦闘態勢に入る。しかし健太郎が遮った。
「直美ちゃん、ちょい待ち。いっぺん俺がやっちゃる」
「ほおおっ、せいぜい頑張りや」
「おおさっ!」
健太郎が、体重を乗せた重いストレートをぶちかます。
「がっ……!」
石像は何らダメージを受ける事なく、健太郎に襲い掛かってくる。
「うりゃああああああああっ!」
さっきの直美と同じ要領で、左右の拳を繰り出す。
「があああああああっ!」
健太郎が叫びながら腰から砕けた。
バトルグローブから血が流れていた。
対して石像は、一切ダメージを受けている様子はない。
「あかん、藤原まかせた!」
「よっしゃ!」
藤原が素早く割って入り、石像の顎に掌底を食らわした。
そしてバランスを崩した石像めがけて拳を繰り出し、最後に蹴りを見舞った。
「ごっ……!」
藤原が弁慶の泣き所を抑え、そううなった。
脛のプロテクターが砕けていた。
「な……なんやこいつら、全然太刀打ち出来ひんやないか」
「もう、なんやの男二人がよってたかってみっともない……ちょっとのいとき!」
直美が連打すると、顔面があっさりと砕けていった。
「ほいっ!」
最後に蹴りを一発入れると、石像はあっと言う間に砕け落ちた。
「お、おえ藤原……な、直美ちゃんの拳って、一体どないなっとるんや……」
「拳だけやない、蹴りもや……プロテクターが砕けたんやぞ……大の男が二人でかかってもびくともせんかったのに、あの子一人でああもあっさり……」
健太郎と藤原が、抱き合って後退る。
「あ」
いぶかしげな表情で、直美がそうつぶやいた。
「な、何や、どないかしたんか直美ちゃん」
「何か変な感じやって思てたけど……やっぱりそうやったわ」
そう言って直美がグローブを外すと、特殊セラミック製のメリケンサックが粉々に砕けていた。
「ひ、ひいいいっ!」
再び健太郎と藤原が抱き合う。
「お、おえ藤原……お前、金属バットで課長の頭どついた時、バットがひん曲がった言うてたわな」
「お、おお……」
「今更やけど、直美ちゃんって何者なんや……」
直美はひょうひょうとした顔で言った。
「こんなんなしでもいけるって事やね。大した事ないやんか、石像人間って言うても。でも、あの粉々に砕く時の感触は……癖になりそうやな。また再生するんやったら、一体家に置いときたいわ。なぁ健太郎、帰りに持って帰ってよ」
「無茶言わんといてぇな直美ちゃん」
「何よノリ悪いなぁ。そうや、プロテクターも別になくてもいいか、動き悪なるし。今の内に取っとくわ」
直美がプロテクターを外し、身軽になった体でスキップして進む。
坂口は再び聖水をかけていた。
半年後。戦いは終わった。数百万の犠牲を払った大阪に、少しずつ活気が戻りつつあった。事件の真相は当然、誰にも分からない。全てを理解しているのは、藤原と涼子だけ。そして二人が、それを口外する事はなかった。* * *徘徊していた数百万にも及ぶ石像たちは皆、元の姿に戻っていた。しかし坂口の言っていた、「首謀者を倒せば、呪いが解けて皆が助かる」と言う言葉は、残酷な答えとなって返っていた。確かに元の姿に戻りはしたが、脳味噌を排出した人々が再び蘇生する事はない。市内は数百万人の死体の山、ゴーストタウンと化していた。学者たちは頭を悩ませ、連日この惨劇を巡っての議論が続いた。だが誰一人として、答えにたどり着くものはいなかった。藤原は思っていた。(呪いからは解き放たれた……魂っちゅうもんがあるんやったら、みんな、安らかな眠りについた筈や……そうや、絶対そうや……)* * *雲ひとつない透き通る青空を、ベンチに座って見つめている藤原と涼子。藤原が涼子の頭を優しく撫でた。「お兄ちゃん、屁たれにだけはなりたくないね」涼
爆発が起こった。衝撃で部屋が揺れる。「なるほど……健太郎さんにしては、なかなか格好いい最後だったようですね、ふはははははははっ!」「くっ……健っ……!」素早くマガジンチェンジを行い、藤原が雄介目掛けて発砲する。その藤原の体を、雄介の鋭い視線が容赦なく切り刻んでいく。* * *その時、爆発音に妖しい眠りから覚めた涼子の視界に、雄介と戦う藤原の姿が映った。「……お……お兄ちゃん……」涼子が体に巻かれたコードを外そうとあがく。幸いにもコードは緩く締められていて、何度か試みている内に外す事が出来た。―涼子の目に、床に転がる鉈が映った。涼子が鉈を手に取り、ゆっくりと立ち上がった。「ふはははははははっ! 藤原君、そろそろお別れの時ですね! 僕を裏切った事、あの世で後悔してください!」涼子が鉈を振りかざし、雄介の後ろに立った。藤原は壁にもたれかかり、諦めきった表情で両腕をだらんと下ろした。「よりによって、屁たれのクソダコに殺られるとはな……」「死ねっ!」その時だった。「やああああああああっ!」
雄介が拳を握り締め、わなわなと肩を震わせた。レースでよく見えないが、泣いている様に見えた。そしてしばらくすると天を仰ぎ、藤原への思いを断ち切る様に笑い出した。「あっはっはっはっ!」虚しい笑い声が、室内に響く。「分かりました……僕には……僕には友達なんかいなかったと言う事ですね……じゃあ僕は何ら遠慮する事なく、この力を持って世界の頂点に登ります……やはり頂点は一人なんですね……まずは健太郎さん、あなたです……あなたには最高の舞台を用意しましょう……直美さんっ!」「何……直美ちゃん、やと……」雄介の声にバスルームの扉が開き、中から直美がゆらりと姿を現した。「直美ちゃん……無事やったんかえっ!」「待て健」身を乗り出して叫ぶ健太郎を、藤原が制した。「よお見てみい、目が死んどる」「な、直美ちゃん……」「彼女はもう、僕の忠実な下僕です。彼女の能力は素晴らしい物です。石像にしてしまうには余りにも惜しい、そう思いましてね。彼女にはその姿のまま、僕の番犬になってもらったんです。さあ直美さん! まずは健太郎さんを殺して下さい!」その声に、直美の肩がピクリと動いた。&nbs
10分後。「ええ加減にさらさんかえこのボケッ!」健太郎が藤原の後頭部を張り倒した。「ごっ……!」衝撃で目から火を出した藤原が、思わずうなる。そして静かに、大きく深呼吸すると手を挙げ、二人に言った。「すまん、ちょっとタイムや……」ポケットから煙草を取り出し、くわえて火をつける。「ふううううぅっ……」白い息を吐き、眉間に皺を寄せ、天を仰ぐ。「……よし、もう大丈夫や……いわちゃき、いや、岩崎雄介やな、分かった……」煙草を床に捨て、踏み消した。「……そやけど、岩崎雄介……そんなやつ、俺知らんぞ。訳の分からん事ぬかしやがって……それも人の事、馴れ馴れしぃ呼びくさって」「正気に戻ったかえ。そやけどちょっと待てや、その話は後や。おえ屁たれ! 先に俺が質問するっ! お前がどないして、そんな訳の分からん能力を得たんか、まずはそっからや! さあ、答えたらんかえっ!」健太郎が雄介にショットガンを向けて吠えた。健太郎の問いに、思考が停止していた雄介もようやく我に帰った。「……い、いいでしょう&
銃を構えた藤原が、部屋に足を踏み入れたその時だった。「藤原、目えつむれっ! やっぱしやつはゴーゴンの力を持っとった! 顔見たら石にされてまうぞっ!」健太郎が大声で叫んだ。「……分かった」藤原が静かにうなずき目をつむり、安眠マスクをしようとした。その時だった。「藤原君! 心配しなくていいよ! 君に危害を加える様な事は絶対にしない! する訳ないじゃない! さあ、目を開けて!」雄介の狂喜する声が響いた。「何を! 騙されるかえっ!」「……大丈夫、僕は顔にレースをかけます。そうすれば石になる事はありません。健太郎さんも大丈夫ですよ、マスクを取ってください」藤原が恐る恐る、ゆっくりと目を開けた。すると雄介の言う通り、彼は顔に黒いレースをかけていた。頭にはシュルシュルと蛇が動いているのが見える。「おい健、大丈夫や。お前も目ぇ開けろ」藤原の声に、健太郎も安眠マスクをゆっくり外した。「……」藤原には、所狭しと張られている自分の写真、散乱しているコードや倒れている涼子の姿は見えなかった。彼の目に映ったもの。それはその場に転がっている、坂口の無残な生首だった。「坂口さんも……やられたんか……」「お
13階でドアが開いた。ショットガンを突き出しながら、健太郎が素早く左右に目を這わせた。坂口は十字架を天高く掲げ、健太郎に続く。その時、またあの声が聞こえてきた。「心配ありませんよ……ここに石像はいません……いるのは僕だけです……」「くっ……こんガキ、とことん挑発してけつかる……まあええ、行ったろやないかえっ!」健太郎が吠え、大股で藤原の部屋に向かった。声の主の言う通り、石像に遭遇する事無く、二人は藤原の部屋の前に立った。健太郎と坂口が顔を見合わせ、互いにうなずく。その時、玄関のドアが静かに開いた。「坂口さん、行きまっせ!」「分かった!」二人が同時に足を踏み入れる。「な……」健太郎が我が目を疑う。そこは既に、健太郎が知る藤原の家ではなくなっていた。バスルーム以外の壁が全てなくなっており、3LDKの部屋が大きな一室になっていた。そして至る所に、藤原の写真が所狭しと貼られていた。「な……なんじゃこの部屋は……藤原、藤原だらけやないか……あいつ、こないナルシストやったんかいな&hellip